皆さん、物理学は好きですか?
理系の皆さんは、大学で物理学の講義が必修授業であるという方は多いのではないでしょうか。
大学の講義では、ニュートン力学に始まり電磁気学や解析力学等...様々な分野の物理を勉強しますよね。
大学を卒業するための必修科目になっているから、いやいや履修しているという方も実は意外と多いのではないでしょうか。
そんな方に、私は声を大にして言いたいのです。

物理学は勉強していて絶対に損はない!
勉強しないと害があるぐらい!
...ちょっと言いすぎましたかね(笑)
でもやはり、私は科学を勉強するものは物理学を勉強するべきだと思うのです。
今回の記事では、「還元主義」をテーマとして、物理学を勉強する意義を考えたいと思います。
物理学は嫌われ者か

「物理学が好きです」と言うと、難しそうだなあとか、挫折した経験があるといったことをいう方が多くいらっしゃいます。
このような人は、どうやら物理学を好ましく思っていないようです。
なぜ、このように物理学が嫌いな人が世の中には多いのでしょうか。
物理嫌いの人は多い?
高校生や理系大学生の中で、物理学が嫌いという人は非常に多いでしょう。
実際に、高校物理の履修者が減少しているという話もあります。
また、私は農学部所属ですが、物理学の授業の履修者は数名で、時に5人程度という講義も存在します。
また、農学部の中にも生物コースや科学コース、物理コースなどがありますが、物理コースを選択する人は全体の10%にも達しません。
なぜこれほどまでに物理学が敬遠されているのでしょうか。
なぜ物理学は嫌われる?
ひとつの理由は、そもそも物理学に魅力がないということかもしれません。
特に生物学においては、近年ES細胞やiPS細胞など、人の命を救うような素晴らしい発見があります。
このような華やかな発展を遂げている生物学に比べると、高校や大学初年度で学ぶようなニュートン力学や電磁気学などの物理学の分野については、昔話を追っかけているだけのように感じるため、魅力がないのかもしれません。
しかし、青色LEDを開発した赤崎教授らは、iPS細胞を発見した山中教授らと同様にノーベル賞を受賞しています。
生物学がめざましい発展を遂げているから人気があるのであれば、同様にLED開発を行っている学問である物理学も人気があってもおかしくないでしょう。
このことから考えると、物理学自体に魅力がないのではなく、高校や大学初年度に学ぶ入門的な物理学に魅力が感じられないのでしょうか。
生物学と物理学は無関係か

生物学を好む人は、物理学が嫌いという人が多いようです。
生物系の方で物理学を勉強しない人が挙げる理由の中で、特に多いのが「生物学には物理学は役に立たない」という理由です。
これは物理学を学んでいれば、口が裂けても言えないはずです。
なぜなら、あらゆる科学のお手本となっているのが物理学であるからです。
物理学と数学の歴史的背景
そもそも、物理学とはどのような経緯で発展してきたのでしょうか。
物理学と切っても切れない関係にあるのが、数学です。
では、物理学と数学、どちらが先に作られた考え方か、知っていますか?
実は、数学よりも先に物理学という考え方が作られています。
数学という学問は、物理学で出てくる数学的問題を解決するために、必要に駆られて発展した学問なのです。
特に微積分に関しては、物理学のための数学といっても過言ではないかもしれません。
もちろん、数学はそれ単体で非常に美しい学問です。
しかし、やはり歴史的な経緯を見ると、物理学の問題を解決するために発展したという過去があるのです。
物理学的思考とは?
よく数学を学ぶ理由として
といったことが挙げられます。
確かにその通りだと思います。
しかし、なぜ物理学的思考ではなく、数学的思考が重要なのでしょうか。
「数学的思考を用いれば身の回りの問題を解決することができる」ということに関しては、むしろ物理学的思考のほうが身の回りの問題を解決することができるのではないかと思ってしまいます。
例えば、今この画面を見ているスマートフォンやPCには電流が流れています。
突然画面が暗くなったら、「バッテリー切れかな?」とか、「断線しちゃったのかな?」とか、いろいろ考えるでしょう。
バッテリーが切れていたら、充電コードに繋いで充電するでしょう。
断線していると思ったら、別の端末のコードとこの端末のコードを入れ替えたりして、原因がどのコードであるか探るでしょう。
このような考え方は、経験的なところも大きいと思います。
しかし、根幹にあるのは、「コンデンサーに電荷を貯める」とか、「電流が流れるように、導体を繋げる」といった物理学的な考え方が根幹にあるからです。
これは小学校から積み上げてきた、物理学的素養が備わっているから発想できることなのです。
しかし、このような物理学的素養が備わっていなければどうなるでしょうか。
アフリカの井戸の話

他の例を挙げてみましょう。
ある慈善団体は、アフリカの貧しい村に井戸を掘りました。
これによって、それまでは汚れた茶色の水を飲料水としていたものが、きれいで健康を害することのない水を飲料水とすることができました。
しかし、数日たつと、村人に破壊されて、金属が売買されてしまったのです。
この貧しい村では、十分な教育が受けられておらず、どのようにしてきれいな水が出てくるのかという知識がなかったのです。
もしかすると、水は地下から湧き出すのではなく、井戸を形作る金属から湧き出していると考えたのかもしれません。
また、きれいな水があることで受けられる恩恵の大きさも理解できなかったのです。
彼らは、知識がないことで目先の欲に負けてしまいました。
知識がないと、広い目で物事を考えることができないのです。
この話を聞いたあなたは、

十分な教育を受けられなくてかわいそうだなぁ...。

もっとこの村に教育を行うべきじゃない!?
と思うかもしれません。
おそらくそれは間違いではありませんが、ここで言いたいのは、同じことが物理学を学ばない人にも降りかかっているということです。
物理学の重要な特徴は「還元主義」

先のアフリカの貧しい話は、極めて示唆的です。
が問題だったのです。
これを、「生物学には物理学は必要ない!」と言っている人に対して言い改めると、
が問題です。
ここでいう「科学において必要な基礎知識」とは、紛れもなく物理学です。
一見かけ離れていると思われる生物学と物理学との間に、いったいどのような関係性があるのでしょうか。
それは、生物学に限らず、一般に科学というのは物理学をお手本にしているからなのです。
還元主義とは
物理学で最も重要な特徴は、還元主義であるということです。
といっても、いまいちピンとこない方もいらっしゃるかもしれないので、具体的に例を挙げましょう。
ニュートンの発見
高校や大学で初めて学ぶ物理学の分野といえば、ニュートン力学でしょう。
例えば、単純化したモデルで考えると、手に持っているスマホをポイッと投げた時に、どのくらい滞空時間があるのか計算できます。
また、ボールを投げるときに、どのくらいの角度をつけて投げれば最長距離になるかも計算できます。
高校で学ぶニュートン力学であっても、このくらいの計算をすることができます。
高校の計算では、3つくらいの公式があって、その式に値をポイポイ放り込んで、計算するだけです。
しかし、物理学の根幹である還元主義に照らし合わせてみると、3つの式を利用しなければならない時点で、還元主義にマッチしていません。
物理学者は、「スマホを投げた時の滞空時間」と「ボールを投げた時に最長距離になるときの投射角」や、その他あらゆる力学現象について、なんとか統一して定量的に評価できる方法はないかと、血眼になって探し求めたのです。
その結果、ニュートンはF=maという、超強力な方程式を発見しました(Fは力、mは質量、aは加速度)。
「スマホを投げた時の滞空時間」や「ボールを投げた時に最長距離になるときの投射角」を導出するために高校物理学では3つの式を駆使しましたが、実はこれらはF=maという式を数学的に処理していくだけで導出できるのです。
「スマホを投げる」と「ボールを投げる」という一見別の現象を、1つの式F=maだけで表現できたのです。
様々な現象を少ない物理法則で説明するという還元主義にとてもマッチしています。
F=maという方程式は、一般に運動方程式と呼ばれます。
ニュートンが始めて運動方程式を発見したのですが、実はそれ以前に運動方程式っぽいものは見つけられていました。
物理学では緻密に考えを修正する
F=maという方程式は、一般に運動方程式と呼ばれます。
ニュートンが始めて運動方程式を発見したのですが、実はそれ以前に運動方程式っぽいものは見つけられていました。
その式は、F=mv(vは速度)という、アリストテレスによって発見された方程式です。
いや、少し補足しておくと、アリストテレスの記述を式に直すと、このような方程式となります。
本当はこの式は正しくないのですが(ニュートンの運動方程式F=maが正しい)、何となく正しそうな式ですね。
物体が受ける力は、質量と速度の積である。
つまり、質量が大きければ力も大きくなるし、速度が大きければ物体が受ける力は大きくなる。
なんとなく、いい感じの関係式ではないでしょうか。
しかし、先程述べたようにこの方程式は間違っています。
F=mvという式を用いると、おかしな現象が起きてしまうのです。
どんなおかしな現象が起きてしまうのでしょうか。考えてみてください。
このおかしな現象が生じてしまう時点で、F=mvという式ではあらゆる物体の運動を表現することができないため、還元主義に反してしまいます。
そのため、F=mvという式には何か間違いがあるため、修正する必要があります。
修正して、より実現象に沿うように、緻密に考えを修正するのです。
そして、より包括的に表現できるニュートンの運動方程式が物理学の基本法則として、認められているのです。
このような還元主義や、緻密に考えを修正していくという物理学の考え方は、生物学でも行われていることでしょう。
なぜあらゆる植物は自分の力で体を支えることができるのか。
この問いに対して、筋肉があるでもなく、鉄パイプが入っているでもなく、細胞壁があるからだという考え方をすることは、一種の還元主義です。
そして、あらゆる植物には細胞壁があるから、植物は自力で体を支えることができる。
細胞壁という考え方を用いることで、定性的な表現ができるのです。
物理学は科学のお手本
物理学を学ぶ理由を一言でいうと、「物理学の考え方はあらゆる科学のお手本になっているから」ということに集約されます。
物理学の考え方によって、生物学やその他のあらゆる学問が発展してきています。
逆に言うと、物理学が無ければ生物学はもっと違う発展の仕方をしていたかもしれません。
もちろん、還元主義よりもっと強い根幹の考え方が生まれていたかもしれません。
しかし、現代の科学において根幹となっているのは、やはり物理学の基本的な考え方である還元主義なのです。
したがって、科学を学ぶものは物理学をお手本として、学ぶべきなのです。
ではどこまで物理学を学ぶ?

なぜ物理学を学ぶのか、還元主義を主軸として考えてきました。
では、どこまでの範囲の物理学を勉強すればよいのでしょうか。
その答えは、あなたにしかわからないのです。
物理学をどこまで勉強するか
物理学を隅から隅まで学習することは不可能でしょう。
どんな物理学者であっても、「量子力学が専門」とか、「相対性理論が専門」とか、いろんな専門性を持っています。
物理学者でさえ隅から隅まで理解することが難しい物理学を、物理学者ではない私たちが完璧に勉強することは不可能です。
しかしながら、やはり物理学を勉強することは必要です。
理由はすでに述べた通りです。
ただ、「どの分野をどのくらい勉強すればよいか」という疑問に当たります。
しかし、これには正解はないのです。
そもそもどの分野があなたの研究に必要かとか、そんなことはあなたしかわかりませんし、そもそも物理学という学問は本来分野ごとに切り分けられるものではありません。
ニュートン力学も電磁気学も解析力学も統計力学も、量子力学だって相対性理論だって流体力学だって…それぞれ相互に関連しているのです。
したがって、「ここまで勉強すべきだ!」とか考えることにそれほど意味はないのです。
物理学は平等な学問
物理学は、定義や基本法則に従って緻密で正しく論理を組み立てれば、確実に誰でも理解できる学問です。
これまで物理学からドロップアウトしてしまった人は、定義をおろそかにしていませんでしたか?
しっかりと理解していましたか?
物理学とは、多くの科学のお手本であり、誰にでも理解することができるという点で、全員に必要性があり、全員に平等性のある学問なのです。
もしかすると、物理学は全員に平等だから、科学の根幹となっているのかもしれません。
一番お買い得な学問、それはやはり物理学なのです。
まとめ|物理学の根本は「還元主義」

いかがだったでしょうか。
物理学を学ぶ意義は理解いただけたでしょうか。
物理学を学ぶ意義、それは「物理学はすべての科学のお手本になっている」からです。
どうお手本になっているのか、それは還元主義という現代の科学では非常に強力な考え方です。
この記事は、物理を学び続けているまっちーの考え方です。
したがって、これに対する共感や反論は多くあるかと思います。
ぜひ、その共感・反論を教えてください。
そして、ぜひ議論しましょう。